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山陽新聞夕刊『一日一題』連載第5回(全7回)
2015年11月9日

岡山県は飲食業がむずかしい地域だ、と聞いたことがある。理由はいろいろだろうが、「やっぱり家のご飯が美味しい」とみな内心思ってるからだよね、と私は推察している。
玉島の人たちも名物がないと謙遜するが、その実、瀬戸内の海の幸・山の幸が食卓を彩っている。先日、ご近所お手製の料理を囲む会にご相伴させていただいたところ、蝦蛄、蟹、ままかり寿司にねぶとの唐揚げ、アミと大根の煮物などがテーブルに並び、最後に文豆のお汁粉が出て来た。どの料理も手がかかってるなぁ!と感嘆とともにいただいた。私はと言えば港町に来て十年が過ぎるのに、いまだに三枚おろしもおぼつかないのがコンプレックス。前述のような豊かな献立には程遠いが、辛うじて地産地消は心掛けている。
この土地の人たちは手間を手間とも思わず、当たり前に手をかけて食べる。小さな内臓をとったり、酢でしめたり、獲れる魚の種類から必然的にそうなったのかもしれないが、自分なりの調理保存法、目分量という最強テクニックを先輩主婦の方々は身につけている。また、食材の季節感や盛り付けの色彩が、家族の感性を無意識のうちに育んでいるとも思う。その代表はもちろん岡山ばら寿司だろう。家庭によって、いや作る人によって、具も味付けも少しずつ違う多様性に富んだこのお寿司は名物であり、家庭の味でもある。一つ一つ具材を下処理し、それぞれに味をつけ、いよいよそれらを酢飯の上に「はる」。「のせる」のではなく「はる」というところに、岡山県人の矜持を見る。
洒落たレストランがもう何軒かあればと思う時もあるが、こうした食文化が日常生活のうちに連綿と続いている地域こそ、本当に豊かなのではないだろうか。

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△写真はばら寿司ではなく、いなり寿司。おすしが好きな義母が「コンコン寿司」と呼んでよく作ってくれる。