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山陽新聞夕刊『一日一題』連載第4回(全7回)
2015年11月2日

閑話休題。「古い家の話はどうなったん?」とお思いの方、すみません。結論を言ってしまえば、今私はその家で暮らしている。
築100年以上の町家だが、夫の祖父母が昭和30年頃に手を入れ近隣から移り住んだ家だった。時代は高度成長期、洋風で便利な暮らしへの憧れが一塩だったに違いない。格子窓と海鼠壁の外観とは裏腹に、勝手口をあがると白いタイルと洒落たガラス窓に囲まれた台所があった。当時流行っていたのだろう、音楽室によく使われた有孔ボードを張った壁に調理道具をかけるフックが並び、シンクの傍にはディスポーザー、そして天井も窓枠も造りつけの食器棚も全部白、白、白。もちろんあちこち塗装は剥げて色褪せていたが、何もかも白く統一されたそこには、祖母が思い描いた新しい生活への希望や意思があった。おそらく祖母にとっては、台所ではなくキッチンだったのだろうと思う。
それから時は流れ、祖母も亡くなって、久しく誰も住んでいなかった。町家独特の薄暗い座敷で、改めて「この家どうしよう?」と考えた時、目に入ってきたのはキッチンだ。伝統的町家だから残すべきなのではなく、日々使い続け、更新し、未来につないでいく先に、伝統になるのかもしれない。祖母のキッチンから始めようと思った。古さの中にも今に通じるエコな考え方があり、デザインには手仕事が生きている。それこそ私たちが求める、これからのライフスタイルだ。リアリティをもって受け継ぎたいと感じた。目指すのは懐かしくも新鮮な、新しい古い家だ。
午後六時、円通寺の鐘の音が聞こえる。灯りをともすと白く塗り直した新しいキッチンが古いままの窓ガラスに浮かび上がる。さ、夕飯を作ろう。