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山陽新聞夕刊『一日一題』連載第2回(全7回)
2015年10月19日

「この古い家どうする?」で始まった暮らし。そこは伝統的な建物の多い倉敷、同じような課題に取り組み、町家の保存利活用する人たちがいるとすぐに知った。
私は五年ほどその活動に参加し、多くの友人や学びを得たが、自分は古い家とどう付き合うのか、その結論はなかなか見えてこなかった。そこにあの大震災がおきる。残したくても残らず、残そうとしなくても残る。紙一重だと思った。私の住む玉島も海や川が近く、台風の季節になると、家族は大潮や満潮の推定日時を記した潮見表を欠かさずチェックする。家族、仕事、近隣コミュニティ、そして災害・・・暮らしのための検討要件は多様で複雑だ。考えれば考えるほど判断は鈍り、身動きが取れなくなるようだった。
そんなとき役に立ったのは「片付け」だ。実は町家保存活動のほとんどが、片付けと掃除に尽きる。とにかく体を動かして、たった一つでもモノの行き場を決める。複雑さに耐える胆力と、複雑さの中にも糸口を見つける観察は、町家と向き合って学んだことかもしれない。私は古い家のあちこちを片付け始めた。その最中、見つけたのが一枚の銀塩写真だ。ソフト帽をかぶり社名と共に玉島と胸に染め抜いた半纏姿の男たちが、蔵の前に勢揃いしている。「やばいカッコいい!」アルバムに眠っていたモノクロームの彼方から見つけ出したのは、今の時代だからこそ新鮮でカッコいいと感じる、昔の人たちのライフスタイルだ。この地域で、これから先、どう暮らすのか。そのヒントが古い写真の中にあるような気がした。家からはじまった私の暮らし探求は、写真というメディアを得て「たまログ-玉島地域写真デジタルアーカイブ化プロジェクト」へとつながっていくことになる。

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